遠回りは一番の近道

「佐藤さん野球やってたんですか?」
これは名刺交換をするとよく言われる言葉だ。僕の名刺の裏側には、「遠回りは一番の近道 – ICHIRO」と書いてある。
野球は好きだが、やってない。強いて言うなら小学校の集まりで、ソフトボールは小学校3年生ぐらいの時にしてた。
その当時のコーチはクラスメートのお父さんで、どうやら巨人の2軍でプレーしていたという噂はめっちゃ覚えてる(地味にすごい😁)。
いずれにせよ野球はしたことはない。ただこの言葉をいつも思い出したくて名刺に書いているだけだ。
実は、一番好きな言葉は、「能ある鷹は爪を隠す」なのだが、それを名刺に書いたら、「わざわざ書いたら爪隠してないじゃん」って事に気づき、ずっと今の言葉を使っている。
「遠回りは一番の近道」は母がよく僕に言っていた言葉で、正直割とビジネスの核をついている気がする。
今日は、この言葉に関するエピソードをいくつかご紹介したい。
まじでやっておいて良かった中国語

言語習得は、今の時代どんどん”遠回り”になっている気がする。
今後 AI が発達すれば、本当にイヤフォンを通じて同時通訳が実現し、言語を学ぶ必要性は無くなるかもしれない。
それでも僕はこの遠回りを最初の方にしておいてよかったと本当に思う。
言語はできる/できない、得意/不得意ではなく、やりたいかやりたくないかだけだと思う。
では、なぜやりたくないか?十中八九、達成感を感じにくいからだ。
1時間勉強しても話せるようにはならない。10時間勉強しても難しいだろう。
むしろ少しでもいいから毎日15分~30分を続ける方が、効果があったりする。
その地味な作業を出来ないから諦めてしまう…
今僕の周りには、中国語ができなくても台湾でなんとか生活ができている日本人が本当に多数いる。
アメリカで日本語オンリーで生きようとしたら相当難しいだろうが台北はそんなことはない(地域によってはスペイン語オンリーはなんとか行けるが…)
「僕には佐藤さんみたいに語学の才能がないんです。佐藤さんは耳がいいですよね」とか言う人はたくさんいる。
いや、マジで勉強量が足りてないだけだと思う😅
先日いつもコラムを書いてお世話になっている換日線のイベントに行ってきた。テーマは、
【「英語を話せれば、それが国際化だと思っていませんか?」AI時代に必修の「多言語サバイバル学」】だった。
一人目のスピーカーはアメリカ出身の方で、実に聴きやすく流暢な台灣華語だった。彼女が言語を習得するにあたってしきりに強調していたのは、リスニングだ。

アジアの人はテキストブックを見て発音しようとするけど、発音をちゃんとしたいならもっとリスニングを鍛えろって主張だ。
これには個人的にとても同意する。僕も音を聞いて言語を覚えた方だ(もちろんテキストブックと併用して)。
例えば、中国語の好吃を”ハオチー”と発音する人がいるが、好吃はどこをどう聞いても、”ハオチー”なわけがない。
台湾人の発音を真似るならせめて、”ハオツー”が近いと思う。ではなぜハオチーと言ってしまうのか?
テキストブックに”hǎochī”と書いてあって、後ろに”chi (チ)” と書いてあるからだと思う。
厄介なのは、”好吃”って言葉は、何かを食べた後にしか言わないから、発音を間違えても対話している人がなんとなくわかってしまうことだ。
残念ながらなんとなくわかるだけだとビジネス現場などでは痛い目に遭う。
僕も自分の中国語が伝わるレベルまでに行くのには、相当な時間がかかった。幾度となくフラストレーションも感じた。
正直若かったからできたと思う。
年を取ると時間がないって言うより、コンフォートゾーンから離れたくないから、間違えた時に感じる羞恥心や、人に指摘される事に対して耐性がなくなる方が厄介だ。
時間がないことに加えてメンタルもやられたら当然やる気が失せる。
僕は、その当時毎日3時間以上リスニングを含めた勉強をし、遠回りをした結果、今本当によかったと思っている。
習慣化出来ない問題

applemintのブログを長年読んでいる人は知っているが、僕は元々文章を書くのがそこまで得意ではない。
なんなら大学入学時に、日本語のレベルが低いと判断され、日本語のクラスを履修していたくらいだ。
そんな僕が文章を書くようになったのは、台湾のマーケティングに関する情報を発信し、お問い合わせを獲得するためだ。
当時ほぼ毎日書いていたおかげで、今では習慣化した。
最近は音声入力が便利になったおかげで、HPのブログはマイクで10分ほど話し、それを文字に起こしてブログにしている。
スタッフにもブログのアウトプットを求めたが、結局、大半の人は一回書いて終わった。習慣化しないとこうなる(そもそも彼らにアウトプットするインセンティブがないのが問題ではあるのだが…😅)。
習慣化するためには、それなりの時間がいる。まさに遠回りの作業が必要になる。
結局、誰も習慣化せず、世の中にはAIに全部書かせたようなブログが氾濫する。
遠回りを中々しない台北のお店
ミニマムに、元の口調を残して整えました。
今、あるお店のショート動画制作をボランティアでしている。厳密には、「ボランティアでしますよ!」と言っただけだが…
このお店に対して、僕は先日、無償でサンプルのショート動画を送った。自分で言うのもあれだが、それなりにいいショート動画ができた。
もちろんAIに編集させた。僕のAIは毎日僕にしごかれている影響で、動画編集は本当に一流になった。
ただ、そのサンプル動画には一つだけ問題がある。そもそもの動画素材が良くないのだ。僕が料理の動画を撮る素人だからっていうのもあって、正直、動画素材を差し替えたらもっと良くなるのになーと思った。
そこで、お店のオーナーに「こんな動画できました!どうですか?ぶっちゃけ動画素材が微妙じゃないですか?もっと良い動画素材があればやり直します!(もちろん無償で)」と言った。
お店のオーナーだから、当然自分たちの料理の動画は持っているはずだ。
ところが、1週間経っても動画は何も来ない。おそらく忘れているか、忘れた頃の1ヶ月後ぐらいに来るのだろう。いつものことだ。
こういうのは珍しくない。他のお店もみんな似たようなもんだ。
別の美容系のお店にも同じ話をして、「無償なら!」ってことで動画素材の提供をお願いしたが、その後連絡はない。
僕からすれば面倒でもなんでもないが、人は自分ができることをずっとしていたいし、やり慣れていないことはしたくない。
僕がありがた迷惑になっている可能性はもちろんあるが、動画を送ることがそんなに面倒なことには僕には思えない。
口では結果が欲しい、売上を伸ばしたいと言い、誰かが手を差し伸べても、そのチャンスを逃す。
ちょっとだけ遠回りで面倒なことをすればいいのになーと思ってしまう。
結局面倒な事が一番大事だったりする
仕事をしていて、まずメールの返信からスタートすると、気持ちがいい。
受信トレイの太字が消え、自分が持っていたボールを捌いた感じがするからだ。逆に面倒なことは本当に気が重い。
朝のジムだって、ジムにつけばスイッチを入れられるが、僕はいつも憂鬱になりながら通っている。
けど、流石に9ヶ月も通えば、お腹が割れる。
最近始めた朝の韓国語も、5秒でスタートできるのに、中々始められないことは多々ある。やり慣れてなくて面倒なことだからだ。
最近こんなニュースを見た:
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人の面倒な問題を解決する、すごい賢いビジネスだなーと思った。人は皆大小面倒だと思っていることがある。
今後会社が潰れたら、また一からみんなが考える面倒な事をすればいいと思ってる。結局遠回りが一番の近道なのだ。