第2章 台湾企業とのバトル

──払わない、適当、日本の当たり前が通じない
今後出版予定の書籍の一部を抜粋してお届けします。
(内容は今後変更となる可能性があります。)
台湾でビジネスをしていると、日本の「当たり前」が通用しない場面の連続だ。とくに、お金がからむと一気にそうなる。約束の日に払われない。細かい修正を延々と要求される。「おたくが言ってなかっただけで、サービスに含まれてるでしょ」と平然と返される。
最初に断っておくと、この章は台湾の悪口を書きたいわけじゃない。
むしろ逆で、僕が9年台湾でお仕事をしてきて行き着いたのは、「台湾が特殊なんじゃなくて、日本のほうが世界の中では珍しい」という感覚だ。
お金に厳しく、交渉を好み、書いていないことは自分に有利に解釈する――これはむしろワールドスタンダードに近い。お金にゆるく、察し合いで回る日本のほうが、世界から見れば例外的なのだ。
その前提に立つと、話は「台湾はひどい」ではなく、「アウェーで戦うには、こっちが装備を変えるしかない」に変わる。
この章では、僕が身銭を切って学んだバトルを紹介していく。
台湾はアウェーだと、骨身にしみた
台湾で飲食店やサービス業をやっている日本人からよく聞くのが、「ドタキャンが多い」という嘆きだ。しかも連絡なしのドタキャンがよくある。
ある飲食店の経営者は、長年ドタキャンに悩まされていた。しかも厄介なのは、連絡がつかないケースが多いことだ。一言「行けなくなりました」と入れてくれるならまだいい。だが大多数は、無言で来ない。
「日本だったら一言くらい連絡するのに」と思っても、意味がない。ここは台湾だ。連絡せずに来ない人が一定数いる――その前提でビジネスを組み立てるしかない。
悩んだ末に、その経営者はデポジット制を導入した。予約の前に数百NTDを預かり、ドタキャンしたらそのお金は返らない、という仕組みだ。「そんなことをしたら客が逃げるのでは」と心配したそうだが、蓋を開けてみると客足はほとんど変わらなかった。
そしてドタキャンは、九割減った。
おそらく、損失回避の心理が働いたのだと思う。「払ったお金が返ってこない」となると、人は動く。これは台湾人も日本人も変わらない。
ただ、これは僕の主観だが、台湾の人はキャンセルフィーそのものに意外と敏感な印象がある。日本では「当日キャンセルなら料金が発生して当然」という感覚がわりと共有されているが、台湾ではそこがまだ浸透しておらず、キャンセル料を請求したら逆に詰め寄られた、という話も聞く。
だからこそ、”後から請求する”のではなく、”先に預かっておく”デポジット制のほうが、摩擦なくよく効くのだと思う。
これは象徴的な話だと思う。「台湾人はドタキャンが多い」で止まっていたら、状況は一生変わらない。でも「じゃあ、その前提のうえで、”来ないと損する”仕組みを作ろう」と一歩動いた瞬間、問題の九割が消えた。
アウェーにはアウェーの戦い方がある。愚痴は現状を1ミリも動かさないが、設計は現実を動かす。
レジ周り
レジの金が合わない、経理で不正が起きる、といった話も一度ならず耳にする。
実際、レジの金を持ち逃げされた、という話は、台湾で飲食店や店舗をやったことのある人から何度か聞いた。
僕が知っているだけでも、小売店を営む某日系企業の代表者と、サービス業を営む某経営者は、台湾経営10年近くの中で、レジのお金を盗んだスタッフの被害にあっている。
ただ、冷静になれば、これは日本でも十分あり得る話だ。大事なのは「日本ではそんなにないから」という前提をそのまま持ち込まないことだ。
当たり前だが、レジまわりが手元まではっきり映るようにカメラを設置するなど、性善説に頼らない仕組みをこちらが用意することだ。悪いのは相手というより、無防備なまま日本の感覚で店を開けてしまうこちら側、とも言える。
こういう話を聞くと、日本人はつい「台湾人は……」と主語を大きくして愚痴りたくなる。でも、ちょっと待ってほしい。良い・悪いは、比較対象があって初めて決まる。
比べる相手が日本なら、たしかに台湾は「ルーズ」に見えるかもしれない。じゃあアメリカは? 東南アジアは? 中国は? 僕は日本のほかにアメリカやシンガポールでも暮らしたことがあるが、どの国にもその国なりの「勘弁してくれ」があった。台湾より過酷な現場はいくらでもある。
つまり、「台湾人は〇〇だ」と言ってしまう人の多くは、単に海外の経験値が足りず、比較対象が日本しかない。それ故に、主語を大きくしてしまいがちになる。上から目線に聞こえたら申し訳ないが、これは結構な本音だ。
そう言う僕自身、いまだに台湾にフラストレーションを感じることはある。人間だから愚痴も出る。それでも、そのたびに、ここが日本ではないという事実を何度でも自分に言い聞かせている。
台湾は「日本の当たり前が海外では通用しない」というのを理解するのに、ちょうどいい肩慣らしの海外進出先として、すごくいいと思う。
そして、もう一つ大事な視点がある。「思ったように動いてくれない」現場の多くは、日本だったらやってくれるだろうという前提で、こちら側が何も用意していないことに原因があるケースが多い。
例えば日本の飲食店なら、手が空いたときにアルバイトやスタッフが自主的に補充をしたりすることはよくある。
台湾人のスタッフにそれを期待してはいけない。期待して、「なんでやってくれないんだよ」と嘆いても、しょうがない。
海外は基本、契約社会だ。定義していない側が悪い――これは相手への文句ではなく、自分への戒めとして、僕がずっと抱えている宿題でもある。
台湾の従業員とは、どう付き合うか
自分が人を雇う側になると、今度は台湾の従業員との付き合い方でも、日本の当たり前が通用しない場面にぶつかる。とくに大きいのが、労働法まわりだ。
まず頭に入れておきたいのは、台湾では労働基準法(勞基法)が、ほとんど憲法のような存在だということ。何があっても、これが優先される。
裏を返すと、勞基法に反する内容は、たとえ従業員本人のサインをもらった雇用契約書に書いてあっても、無効になりうる。「契約書に書いて同意させたから大丈夫」という日本的な発想が、根っこから崩れる瞬間だ。
そして、台湾は解雇がとても難しい。試用期間中に“不適合”として契約を終了することは、きちんとしたステップを踏めばできるが、それ以降は、犯罪やハラスメント、あるいはよほど勤務態度が悪くエビデンスが残っている場合くらいしか、基本的に解雇はできない。
「能力が低い」「働かない」だけでは切れないのだ。僕自身、台湾では外国人としてビジネスをさせてもらっている立場でもあるので、恨みを買うような派手な解雇は、そもそも避けたい。
ちなみに、試用期間中・試用期間後にかかわらず、不適合を通達して契約を終える場合は、必ず署名付きの同意書を取ることを勧めたい。
厄介なのは、この“解雇の難しさ”と“解雇されたときの手厚さ”を、逆手に取る人がいることだ。店舗ビジネスをやっている知り合いの会社で、こんなことがあった。
ある社員が、ある時から無断欠勤を始めた。無断欠勤は明確な契約違反で、エビデンスもある。本人に「私は無断欠勤をしました」という同意書へサインさせれば、理屈のうえでは解雇できる。ところが、だ。あとから分かったのは、その社員は最初から“解雇されること”を狙って、わざと無断欠勤していた、ということだった。
なぜか。台湾では、自主退職より解雇のほうが、本人の受け取れるお金が多い。しかも解雇なら、解雇証明書を持っていけば失業保険の対象にもなる。つまり彼にとっては、「自分から辞める」より「クビにしてもらう」ほうが、はるかに得だったわけだ。
わざと解雇されようとしたこのスタッフは、在職期間が2年ほど。おそらく、何ももらわずに自主退職するのはもったいないと思ったのだろう。
この話を知ったところで、日系企業に何かできるわけではない。それでも、こういうルールの使い方をする人が現実にいる、と知っておくだけで、備えは変わる。
雇用契約書には、雇用主の解釈で少しばかり雇用主に有利な、グレーな運用方法もある。ある知り合いの会社は、契約書に「最初の一定期間トレーニングを実施します。ただしトレーニング期間中、または1年以内に辞めた場合は、そのトレーニング費用を請求します」と書いている。
ところが、これを勞基法に照らすと、通常の民間企業が本当にトレーニング費を請求したら、実は違法になる(航空会社のキャビンアテンダントやパイロット職などでは、一定年数以内の退職に対して実際に請求できる契約が合法とされる例もあるようだが、あくまで例外的な話だ)。
知り合いも、それは分かっている。
それでも“書くこと自体”はグレーゾーンで問題ないとされている。書いても実際にやるかどうかは別問題で、要は抑止力として置いているのだ。本当に効いているかは、正直わからないらしいが…
ここから見えてくるのは、台湾の雇用契約書は「書けば守らせられる魔法の紙」ではない、ということだ。上に勞基法という“憲法”がある以上、書いても実行できないこともある。日本のように「同意書にサインさせたから安心」とは、いかない。
続く